音楽談義 vol.45後編 毎日Pink Floydその10『ザ・ウォール』
さて、今回は後編だ。さっさと本編に行くぜ。
ではDISC2。前回までのあらすじを簡単に要約しておこう。父親を第二次世界大戦で失ったピンク少年。幼い頃から型にはまった教育現場の大人達や、過保護すぎる母、飛び交う戦闘機の下で育ち、徐々に壁を作っていく。青年になったピンクは恋人に捨てられ発狂する。そして外界との間に壁を作り、元の世界と断交するのであった。
改めてDISC2を見ていこう。まず一曲目は『Hey You』。いざ壁で他者との関わりを断つと、そこは本当の孤独。耐えかねたピンクは壁の中から訴えかける。しかし、自らの意思で築き上げた壁はあまりにも高く厚いものである。前半の緊張感あるアルペジオ、後半のディレイを多用したソロとギルモアのギターが痛いほど突き刺さる曲だ。Tr.2は外へと問いかけ続ける曲。アコースティックギターのアルペジオと、バイオリンの音が悲壮感を際立たせる。
そしてTr.3の『Nobody Home』。これが本当に名曲。頼むからこれだけは聴いてほしい。いつ聴いても涙が止まらない。ウォーターズのボーカルと儚げに鳴り響くピアノ、彩るストリングが美しい。本当に素晴らしすぎる。これを聴くためにこのアルバムを聴くくらいだ。もう一度言う。
頼むからこれ聴いてくれ
歌詞の内容も素晴らしい。「電話しようとして受話器を掴む。でも、誰もいないんだ」という歌詞。悲しくも、儚くも美しい。文才に溢れている。ホントね、聴いてほしい。マジで、何度も言うが聴いてくれ。
そして次の大きな山場がTr.6のComfortably numbである。直訳すれば心地いい麻痺。意識が遠のいている主人公に医師が注射をするというシチュエーションだ。どんどん地に足のつかない意識の中、幻想的な世界観が広がる。注射によって、ロックスターピンクフロイドがステージに駆り立てられていく。サイケなサウンドととてもマッチしている歌詞だ。そして、この曲の魅力はやはりギターソロだろう。ローリングストーンズ紙などの大手音楽評論媒体でも、このギターソロはトップにランクインするレベルだ。泣きのギターソロ、とよく呼ばれるが、その理由がよくわかる
Tr.8はIn The Flesh。気がついた人もいるかもしれないが、1枚目のTr.1とほぼ同じなのだ。違いはFleshの後に疑問符がつくか否か。過激な差別用語も飛び交う曲だからあまり紹介できないが、1枚目からしっかり聴いているとここでのリフレインには感動する。
Tr.9はRun Like Hell。80'sのニューウェーブサウンドの先駆けは実はここなんじゃないかと感じさせてくれる。テンポよく刻むベースに、緊張感のあるカッティングやスライドギター。二人のリードボーカルの掛け合いも含めて、雰囲気すべてが完成されている。これも名曲だ。
Tr.12はThe Trial。ここまで壁を作っていたピンク・フロイドが、自らの行為の過ちに気がついて裁判にかけられる様子が描かれている。裁判では自らに不利になるような証言をする人たちを敢えて集め、それによって、判決は壁を壊せと出る。多くの人々の"Break the wall!!"の言葉を受けて、ピンク・フロイドの壁はついに崩壊する。
Tr.13はOutside the wall。ついに終わったのだ。しかし、この曲。どこか似てないだろうか。そう、1枚目の一曲目の冒頭だ。そして最後の語りパートは不自然に途切れている。これは1枚目の最初と繋がっている。"Isn't this where…"で切れるが、1枚目の最初では"…we came in?"となっている。繋げると"Isn't this where we came in?"である。訳すと「俺らが来た場所ってここじゃなくない?」となる。つまり、壁を壊して外に出たと思っていたが、結局は外の世界もまた別の壁の中。その外も…という無限ループなわけだ。どういう意図をもってこういうギミックにしたのかはわからないが、おそらくは輪廻的な意味合いが含まれているのだろう。直線的な考えの多い西洋では珍しい。
というわけで、今回はThe Wallの後半を紹介した。ながいねぇ。それでいて哲学的なメッセージも多いので、実に考えさせられる。純粋に音として聴くのもアリだし、本当に名盤なのだろう。深くよう思わせてくれる。明日はウォーターズ政権最後のアルバムの紹介をしよう。では〜ほなまた〜
久々の更新〜意外と知らないユーザー辞書〜
お久しぶりです。どーも。完全にブログを忘れていました。今日からはマイペースに更新します。にしてもあっついねぇー。
私の知人にはよく言っているのだが、スマホやPCの設定ですべきものが必ずある。それが
ユーザー辞書
である。簡単でありながら、設定するだけで楽チンなこの裏技をやらない手はない。
そもそもユーザー辞書とは何か。それは特定の文字を引き出すことができるものだ。例えば身近なところだとメールアドレス。sample@example.comみたいな感じだが、これを打つのは結構面倒だ。いちいち「えーっと、s、a、m…@は、ああそこね、.って…そっちか」と、格闘するのだ。実際には数字も含まれるのでもっと面倒になる。ユーザー辞書に登録すればこんな面倒な日々からはサヨナラバイバイ。俺はユーザー辞書と旅に出る。
設定方法を説明する。自分はiPhone11を使っているので、勝手が違う人もいるかもしれないが、そこは上手く工夫してほしい。まず、設定を開き、一般を開く。そこからキーボードに飛び、ユーザー辞書を選ぶ。すると、右上に+マークがあるはずだ。そこを押すと
こんな感じの画面になる。後は、単語の欄に実際のメールアドレス、読みの欄には例えば「メール」と入れておく。これをすれば今後メールアドレスを引き出したい時は「メール」と打てばすぐ出てくれる。メールアドレス以外にも、学生番号、名前、生年月日、住所、郵便番号、電話番号など、面倒なものをすぐに引き出せる。特に、大学生諸君は教授に「いつもお世話になっております。」と送ることも多いだろう。こうした時に、「いつ」と入力するだけで変換できるのでストレスフリーだ。
PCの場合はAやあと書かれた右下の部分を右クリックすると、その中にユーザー辞書があるので、後はスマホと同様に設定すればよい。これも本当に便利だ。自分の場合は課題提出が多いので、「ご査収の程、よろしくお願いします。」を「ごさ」で出るようにしている。
やらない理由がないユーザー辞書。みんなも試してほしい。明日は中途半端に終わってしまった毎日Pink Floydの続編をする。
音楽談義 vol.45前編 毎日Pink Floydその10『ザ・ウォール』
今回は長いぞー!気合入れます。うぉおおおおおお!!!はいそこ!「無駄無駄無駄!!」って言わない!!オラオララッシュしますよ!!
なーにやってんだ俺は。本題に戻りましょう。今回はPink Floydの『The Wall』(邦題:ザ・ウォール)を解説していく。前作や前々作から顕著だったロジャー・ウォーターズの独裁政権が最も如実なアルバムだ。だから、時としてこのアルバムを「ロジャー・ウォーターズのソロ作品」と呼ぶことも少なくない。確かに、Pink Floydというバンド要素は薄いかもしれない。だが、悔しいかな、これが名盤なんだよなぁ。セールスも素晴らしく、2300万枚も売り上げている。ということで、このアルバムをここからは深く掘り下げていこうと思う。
この『ザ・ウォール』はアルバム一つで一つの物語を為している。二枚組のアルバムなだけあって、フルですべて聴くと81分もかかる。中々腰を据えて聴かないといけない作品だ。前述の通り、ロジャー・ウォーターズのワンマン体制であり、意見的に対立したリチャード・ライトを解雇してラインナップから外すほどであった。ここは正直受け入れたくない。Pink Floydの素晴らしいディスコグラフィーは間違いなくライトのキーボードによって支えられていた部分が大きいわけで、ウォーターズの悪い意味で利己的な部分が出てしまったと思う。彼は資本主義を批判した曲を多数書き、共産主義を宣言しているが、社会主義や共産主義として有名なスターリン、ポルポト、毛沢東のように粛清する部分まで同じだったとは皮肉以外の何者でもない。気に食わないものは弾圧して粛清する、それでいて本人達は自分の正義の名の下で動いているから悪意がないのもタチが悪い。筆者はこういう部分が嫌いだから根っこからの資本主義肯定派である。まぁ、ライトもライトで癖が強い人物だからそれも原因ではあると思うが。話は逸れたが、ライトをお払い箱とし、サポートメンバーに降格させる程までバンドの関係は荒んでいた。しかし、作品は素晴らしい。ここからは『ザ・ウォール』の物語について迫っていく。
主人公はロックスターのピンク・フロイドである。父は第二次世界大戦で失っている。ちなみに、これはロジャー・ウォーターズ本人のノンフィクションであり、これが原因で彼は日本が嫌いである。彼は大人や現代社会の醜悪な側面を受けて成長し、徐々に他者と疎外感を覚えて「壁」を作っていく。もちろん、この「壁」は本来は心理的なものだが、本作品では物理的な「壁」も作られていく。ちなみに、後述するがピンクが薬物中毒で精神を崩壊するシーンはシド・バレットをモチーフにしている。恐るべしロジャー・ウォーターズのシド・バレット愛。もうええやろって言いたくなるくらい作品に流し込んでくる。最終的には完全に心を閉ざしてしまった後に心の中で裁判が行われて、壁が取り払われる。しかし…となっていく話である。かなり端折って話したが、詳細は後ほど。では、一枚目の個人的ハイライトをちょくちょくかいつまんでいく。
最初の曲、『In The Flesh?』(邦題:肉の中で?)の冒頭では何やらボソボソ喋っている。ここは最後にもう一度触れたいのでここでは敢えてノータッチで。静かな所に重々しくギルモアのギターが鳴り響いて始まる。この曲の歌詞はあまりにも抽象的すぎて上手く解釈できない。音像としてはギターリフがかっこいい、以上!ロジャー・ウォーターズのソロ作品と揶揄されるこの作品だが、やっぱりPink Floydの作品には彼のギターしかあり得ない。最後に鳴り響く飛行機の音は戦闘機の音、産声はピンクのものだ。
Tr.2の『The Thin Ice』は前半の暖かみのある歌詞、後半の社会への驚くほど冷めた目線がギャップとして強く効いている曲。いつ落ちるかわからない闇を『薄い氷』に例えている部分は流石と言うべき曲。アウトロのギルモアのギターがかっこいい(n回目)。
Tr.3は『Another Brick in The Wall Part1』である。Part1と言われているだけあって、この後Part2と3がある。この曲は戦争で失った父へ子どもが想いを寄せる曲だ。そしてこうしているうちにも徐々に壁は出来上がっていく。brickとはレンガという意味、つまりレンガの構成要因になっているというわけだ。ギルモアのブリッヂミュートの聴いたギターとウォーターズのベースの掛け合いが堪らない。そして溜め込まれた緊張感は次なる曲へと移る
Tr.5は『Another Brick in The Wall Part2』である。Tr.4から繋がって一曲と捉えられる事が多い。歌詞は学校教育への皮肉を前面に押し出している。先生がガミガミと叱りつけ、子どもがどんどん心を閉ざしていく様子が極めて写実的に描写されている。こうした環境もピンク少年の心に壁を作る原因になっていく。MVも貼っておくので見てほしい。
少し目を背けたくなるシーンも出てくるが、よく練られた曲である事には間違いない。この曲はシングルカットされ、このアルバム内でおそらく最も有名な曲だ。ギターリフも特徴的なので、一回聴いたら忘れられなくなるだろう。あと、アウトロのギルモアのギターが素晴らしすぎる。もう何度も言っているが、Pink Floydのサウンドを支えているのはやはりギルモアのギターなのだ。ウォーターズがいくら独裁政権を敷こうが、結局音像的にはギルモアに頼らざるを得ないということが、どれほどまでに偉大なギタリストかを証明している。
Tr.6は『Mother』だ。緊張感のある曲が続いた所で、アコースティックギター中心の柔らかい曲へと変容する。中期Pink Floydの独特な高揚感と浮遊感が上手く再現されている。父を知らない子どもは母に頼るしかなく、マザコンになっている様子が窺える。「ママ、これはしていいかな?」「あれはしていいかな?」と逐一尋ねるピンク少年がそこにはいる。それは同時に母親もまた、子どもに依存している証拠なのだ。最後の歌詞は"Mother, did it need to be so high?"と締められている。「ママ、こんなに子どもを過保護にする必要あるかい?」という言葉が痛いほど確信をついている。
Tr.7は『Goodbye Blue Sky』である。冒頭は鳥が鳴いている優しげな世界に突如として重苦しい音が響く。これは戦闘機の音だ。子どもが「お空に戦闘機が」と言うと曲が始まる。戦争のせいで澄んだ青い空が汚されていくことを歌っている。アコースティックギターで優しく語り上げているが、内容は驚くほど重たい。
Tr.8、9はまとめて解説したい。まず、Tr.8の『Empty Space』について。歌い始めのボソボソ喋っている声は逆再生してみると…是非面白いのでやってみてほしい。どうしたら壁が完成するのかと苦悩するピンク少年を乗せて曲はTr.9の『Young Lust』に移行する。歌詞からは若き青少年が性欲にまみれている様子が窺える。タイトル自体『若き肉欲』だし、かなり直球な歌である。このアルバムの中ではほぼ唯一ギルモアが作曲している。いい意味でPink Floydらしくない、正統派なロックンロールだ。個人的にはこの曲とDisc2のある曲がツートップで好きだ。ピンク少年は父を戦争で失い、学校教育により抑圧され、過保護に育てられ、歪んでしまった。そしてそのねじ曲がったことで生じた壁はどんどん完成へと突き進む。ちなみにアウトロの電話はアメリカからの電話だ。いくら電話しても繋がらない。すぐ切られてしまう。本来妻が応対するはずなのに、ここでは男が応対し、しかも切られてしまう。これってつまり…。
Tr.10は『Out of My Turns』。前半のぼんやりと白昼夢でも見ているかのような曲調から一転して、後半はダイナミックに展開される。破局寸前の重苦しい様子が痛々しく歌詞にされている。女性がいくら話しかけてもピンクはずっとラジオなのかテレビをずっと見ているばかり。女性の話とラジオの話が妙に噛み合っているのは皮肉か。「次は自分の番か」と言っていることから、ピンクは浮気されていることがわかっている。先ほどの電話の応対もここで辻褄が合う。そして、何かを投げて破壊する音も聞こえる。これはDVかなにかと推測できる。そして女性は逃げてしまう。"Why are you running away?"という悲痛な叫びが辛い。
Tr.11は『Don't leave me now』。行かないでとタイトル通り悲痛な曲だ。愛する者を失った悲しみにうちしひがれるピンクが佇む。曲調もリチャード・ライトの重厚な鐘のように響くキーボードが印象的な曲だ。悲しみにより、ピンクの壁はどんどん完成に近づいていく。
Tr.12は『Another Brick in the Wall Part3』である。ここでpart3が現れる。精神安定剤すら捨て、何もかも自暴自棄になり暴れ狂うピンクの様子が顕著だ。曲調もこれまでのPart1、2よりも圧倒的に暴力的だ。そして暴れ狂ったピンクは壁を完成させ、外界との関わりを完全にシャットアウトしてしまう。Tr.13の『Goodbye Cruel World』は世界に別れを告げて去る曲だ。社会に許容されなかったピンクの悲しい末路である。こうしてDISC1は終了である。
今回はザ・ウォールの一枚目を解説した。後日二枚目の解説も行う。それでは。
アルバムジャケット
音楽談義 vol.44 毎日Pink Floydその10『アニマルズ』
今日のアルバムタイトル、浜口ちゃいますからね。
もう冒頭の言いたいことが減ってきてしまったので雑になっているのがバレバレだが、早速紹介していこうと思う。今日紹介するのは『Animals』だ。曲のタイトルにも動物の名前が使われている。だが、もちろん「わー、君は○○なフレンズなんだね!」と呑気な訳がない。それぞれの動物は社会風刺になっている。今回もジャケットが印象的なので先に紹介したい。
毎度のことながら担当はヒプノシス。イギリスの確かロンドン近郊にあるバタシー発電所の写真だ。イラストのように見えるがちゃんと写真である。4本伸びる煙突は4人のメンバーを象徴し、小さくて見えにくいが上空に豚が飛んでいる。発電所は近代社会の象徴とも言えるだろう。そして、飛んでいる豚の真相は後述する。
曲のタイトルに使われている動物はそれぞれ、犬、豚、羊である。各々がどのような社会風刺を込めているかを紐解いていくこととする。
まず犬。犬は比較的イメージ通りである。お手と言われたら手を差し出し、おすわりと言われたら座る。従順な存在。しかも、犬はよく吠える。つまり、ギャンギャン吠える(環境に文句は言う)が結局は飼い主(社会)の言いなりな資本主義社会の搾取される側を象徴している。
次に、豚は一旦置いておいて羊から。英語でsheepはご存知複数形もsheepであり、sheepsとはならない。羊が3匹はthree sheepである。つまり、結局は群れの構成因子に過ぎず、替えの効く存在。もっと端的に言ってしまえば、こき使われる労働者の象徴だ。
最後に豚。豚と聞いて「不潔」と答える人が多いが、実は綺麗好きである。多くのサイトではこの豚を支配者(栄養摂取でぶくぶく太っているから)としているが、個人的にはあまりにもその解釈は短絡的である。本人たちも豚を支配者の象徴としているらしいが、豚が支配者とはどうも辻褄が合わない。筆者はそこで以下のような解釈をした。豚のイメージとして「家畜」が挙げられる。つまり、飼われる側、搾取される側である。冒頭の実は綺麗好きということから、豚は「努力の割に実績が評価されず搾取される資本主義の底辺」という意味なのではないか。フロイドメンバーは否定しているが、正直自分としてはこっちの方がしっくりくるし、これから話すジャケットの「翼の生えた豚」についても合点がいく。
ジャケットにおいて上空を飛行する豚はどういう意味があるのか。フロイドメンバーは「救済の象徴」としたらしいが、醜い支配者に羽が生えただけで救済とはどうも繋がらない。それよりも、「社会的成功などという虚栄に囚われず、例え評価されなくても努力する豚は正義である」と考えられる。翼とはキリスト教においては天使の象徴である。天使の羽、と言うくらいだから想像にた易いだろう。以上から、キリストの救済が訪れた時に救済される側として豚を採用したのではないかと推測できる。あくまで解釈の一つでしかないが、筆者の分析は以上である。
ここからは音像について迫っていく。最大の特徴は、明らかに今までの作品よりもハードなものになっていることだ。ギターの歪みも以前より凶悪になり、ギルモアの掻き鳴らすようなスタイルが顕著に現れている。『ウマグマ』の時に「ギルモアのギターはもっと化ける」と言ったのはこのことである。テーマや作曲は実質ロジャー・ウォーターズのワンマン体制になってしまっているが、Tr.3の冒頭のキーボードから、ギターリフへの移行、それに伴うピリついた緊張感は音像越しにも伝わってくる。ハイライトはTr.4の『Sheep』だろう。この曲のギルモアのギターがハードロックそのものなのだ。しかし、同時期に活動していたハードロックバンドのギタリストと大きく違うのが、その経歴である。結果としてギルモアなりの「ハードロックへの回答」は他のバンドのギタリストでは再現不能なものへと昇華されている。特に注目すべきはアウトロのギター。ここにギルモアのギター哲学が溢れんばかりに詰め込まれている。ギタリストなら一度は聴いて欲しいし、ギタリストでなくても一度は聴いて欲しい。
この『アニマルズ』は社会風刺的考察の余地、Pink Floydなりのハードロックへの回答という点から筆者がとても高く評価しているアルバムである。是非、聴き込んでほしい。比較的プログレの難解なイメージは薄く、単純なハードロックアルバムとしても十分楽しめる内容だ。次回のアルバムはあまりにも長編なので明日投稿は無理です。明後日か、下手したらもっとかかるかも。小分けにするかも。ではではー。
焼酎飲んできます。
名盤度:10(個人的には高く評価したい!)
おすすめ度:9
音楽談義 vol.43 毎日Pink Floydその9『炎』
子どもの発想とは何故あんなに柔軟なのか、ふと思うことがある。筆者も「地震は自分も一緒に小刻みに揺れれば相殺できる」と小学生の頃に豪語していたが、ああいったことがこの歳になると思いつかない。何かを知るということは同時に何かを失うということでもあるのかなぁと思ったり思わなかったり。
さて、今回紹介するのは『Wish you were here』である。モンスターアルバムの狂気リリース後、メンバー達はたちまち億万長者になり、好き勝手に色々やっていた。実質解散状態にあったわけだ。そんな空中分解状態のPink Floydが自分自身の有様を綴ったのこそ、このアルバムである。つまり「書けない」ことを歌にしたということだ。BUMPにそんなテーマの曲があった気がするがさておき。ここまでの話を聞く限り「あんまりパッとしないアルバムなのかな」と思うだろう。しかし、このアルバムは『狂気』と双璧を成すほどの名盤である。ここからは詳しく解説していく。
まず、『Wish you were here』というタイトルについて。直訳すると「あなたがここにいてくれたら…」であり、実際邦題も正式には『炎〜あなたがここにいてほしい』である。ちなみに後ろの言葉はPink Floydのメンバーが邦題をこうしてほしいと指定したものだ。ここで一つの疑問が沸く。あなたって誰だ?と。その答えはロジャー・ウォーターズの思想にある。ニック・メイスン、デビット・ギルモア、リチャード・ライトの3人とロジャー・ウォーターズとは明確に違うことが一つある。それは「シド・バレットをどう捉えるか」である。前者3人はシド・バレットを尊敬していつつも、自分は自分と割り切っている部分がある。対してロジャー・ウォーターズはシド・バレットを神格化し陶酔していた。天才的な存在に恋い焦がれ、つけたアルバムタイトルこそ『Wish you were here』である。思えば、シド・バレットが脱退してからというもの、ロジャー・ウォーターズはずっとシド・バレットの幻影を追い求めている。ここで普段とは順番が異なるが、アルバムジャケットを見てほしい
男性が、炎を纏った男性と握手しているジャケットだ。もちろんこれもヒプノシスが担当している。『Wish you were here』の意味がわかっているとこのジャケットの意味がよくわかるだろう。炎を纏った男性はシド・バレット、その人と握手している男性はロジャー・ウォーターズと解釈できる。炎に揺らめいて、存在しない幻影を追い求めて「あなたがここにいてほしい」と願うウォーターズ。しかも、今はバンドが空中分解状態。だからこそ、天才的であったシド・バレットに「あなたならこういう時にどうしていただろうか」と問いかける。このレコーディング中にシド・バレットがふとスタジオに訪れたそうだ。しかし、ヨボヨボになりLSDでボロボロで、そこにかつての天才はいなくて…と、葛藤にまみれた状態であることが窺える。
そんなシド・バレットの幻影を追い続けるアルバムの内容に迫っていく。このアルバムは少し構成が特殊だ。Tr.1とTr.5は大きな組曲となっており、part1からpart5がTr.1、それ以降がTr.5となる。まずはTr.1の『Shine On You Crazy Diamond』から。邦題は『クレイジー・ダイヤモンド』である。なんか、「グレートっす」って聴こえてきそうだがさておき。歌詞はわかりやすすぎるシド・バレット賛美が続く。『お前は伝説、お前は殉職者だ。いつまでも輝き続ける』と詩で綴られている通り、如何にロジャー・ウォーターズが陶酔しているかわかる。後に本人はシド・バレットへの歌詞であることを否定しているが、個人的にはどう考えてもシド・バレットへ向けた歌だし、これをそう見ない方が難しい。タイトルの意味もシド・バレットへのリスペクトだ。狂ったような眩い光を放つ危険なダイヤモンド、まさにLSDで幻覚を見ながら名曲を生み出していたシド・バレットそのものだろう。曲構成としては13分とPink Floydの中では平均的な長さだ。ギルモアの1分近くある泣きのギターソロは特に秀逸で、とにかくこれは聴いて欲しい。冒頭の緊張感も素晴らしいし、是非聴いてもらいたい。
Tr.2はカセットテープの音から始まる。音の構成、特にアコースティックギターのアプローチがどこか1stアルバムを彷彿とさせる。ここでもシド・バレットの幻影を追求するロジャー・ウォーターズが顕著だ。『ようこそ、マシーンへわが息子よ』と語りかけている割には曲調はとても不安定で緊張感を煽るもの。それもそのはず、この歌詞で語られていることは、『狂気』で成功を手にして焦燥感に駆られるPink Floydメンバーそのものなのだ。暗く刻まれるアコースティックギターが重苦しさをより確実なものとしている。
Tr.3は少し重苦しさが取れたようにも思えるが、それでも浮遊感とは遠い重厚な何かがそこにある。歌詞の内容は「名声や富を手に入れても、結局虚しいだけ」ということだ。これは前作『狂気』の『Money』にも繋がるのではないか。薄っぺらい虚栄心や、金がなく群がるハイエナがどこまで醜悪かは前回の通りである。そして、あろうことか前作の成功によりメンバーは逆に薄っぺらくなってしまったのではないかと己に警告しているようにも思える。歌詞最後の『Riding the Gravy Train』は色々な解釈ができるが、「売れやすい軌道があるんだけどどうかい?」と恥も外聞もないような音楽プロデューサーの言葉と捉えるのがおそらく正解だろう。
表題曲のTr.4は一転してシンプルな曲調である。アコースティックギターが美しく響く呑気な曲…な訳ない。仮に音の印象としてはそうだとしても、意味はまったくもって違う。前作の『Brain Damage』のような対比する作風がここでも現れる。天国と地獄、青空と痛み、笑顔と仮面(つまりは作り笑い)を区別できるだろうかと問いかけている。とてもベタな言葉を使えば「愛する人への喪失感」を歌った曲である。しかし、そんな言葉一つにまとめられるほど簡単な曲でもないと思っている。今回、この記事を書くにあたって様々な歌詞翻訳サイトを覗いて色々考察したが、どうも上手い答えが出なかった。間違いなくロジャー・ウォーターズがシド・バレットに対して歌っているのだが、それだけで片付けてしまうにはあまりにも惜しい歌詞なので、「こうなんじゃないか」と思った人がいたら連絡してほしい。
最後はTr.5の『クレイジー・ダイヤモンドpart2』まである。こうやって、アルバム冒頭とアルバムラストに同じ曲を分けて配置する手法は、King Crimsonの『太陽と戦慄』を彷彿とさせる。前作の『狂気』が人間としての狂気性という大きなテーマだとすれば、『炎』は内なる理解者との接触というミニマムなテーマと言える。『お前といつかそこで一緒になれる』(I'll be joining you there)と語ることは、すなわち天才という眼差しを向けられて苦悩する現メンバーとシド・バレットの対話だろう。このpart2でもギルモアのギターが炸裂しているので必聴だ。
今回は敢えて歌詞についての言及を多くし、音像についての言及はしなかった。音像については次回のアルバムでより深く迫りたい。それでは。あ、『Wish you were here』の解釈、連絡待ってますよ。
名盤度:9(狂気には一歩及ばないが名作)
おすすめ度:9
音楽談義 vol.42 毎日Pink Floydその8『狂気』
ついにこのアルバムを紹介する日が来たか…。
モンスターアルバムである。多少音楽に詳しい人には最早説明不要なアルバムであるが、一応丁寧に解説していこうと思う。このアルバムは『The Dark Side of the Moon』(邦題:狂気)である。月の裏側は地球にいる限りは見えない、つまり人間の通常では見ることのできない、一般性の裏に隠れた狂気がテーマである。このアルバムがモンスターアルバムと呼ばれる理由は幾つもあるが代表的な理由は以下の通りである。
- プログレという難解なジャンルにも関わらずセールスが異常
- イギリスのバンドはアメリカでは売れないという常識を根底から覆した
- 曲ごとのコンセプト、アルバム全体としてのコンセプトが非常に優れている
- 独特の音作りをしており、ここに憧れて音楽をやるミュージシャンが未だ多数
- 6分近くある曲『Money』をほぼフル尺でシングルカット。しかも大ヒット
もう異例ずくめである。まずプログレとは思えない、そもそも音楽業界異例のビッグヒットについて。リリースされるや否や、イギリスのチャートは初登場2位、全米では1位、日本でも2位とこの上ない滑り出し。リリースが1973年で、ロックはとんでもない不良がやるものというイメージが強かった当時の日本でもチャート2位ということが如何に空前絶後がわかるだろう。そしてビルボードでは15年連続でチャートイン、カタログチャートでは30年連続でチャートインと輝かしい記録を残し、もちろんこれはギネス記録である。全英オフィシャルチャートでも354週連続のチャートインというアンタッチャブルレコードである。全世界での売り上げは確認されているだけでも5000万枚以上。しかも、ここにブートレグなども含めればその売り上げ枚数は天文学的数字である。マイケルジャクソンの『スリラー』に抜かされるまで、このアルバムが全米で最も売れたアルバムだった。「一家に一枚は『狂気』がある」という言葉がよくあったが、これは何も比喩でもなんでもなく、本当に当時はそうだったようだ。
そして二つ目。アメリカでの成功である。Pink Floydの成功はイギリスの他のバンドとは全く異なる。普通、アメリカに曲を出す場合はアメリカ盤だけ曲順を変えたり、明るめな曲調にしたりとアーティストスタイルを変えることがよくある。しかし、Pink Floydはこうしたことを一切しなかった。あのDeep Purpleでさえ、アメリカでは評価が低いという事実から、如何にイギリスのアーティストがアメリカで受け入れられにくいかわかると思う。そんな中、自分たちのやりたいことをやってアメリカでの成功も手にしたアーティストはPink Floydくらいなのではないだろうか。
次に三つ目。コンセプトが素晴らしいこと。これはここまでのPink Floydのディスコグラフィー群にも共通しているが、この『狂気』ではそれがより洗礼されている。この解説については追って詳しく行うものとする。
更に四つ目。独特なサウンドスケープである。前々作の『おせっかい』、前作の『雲の影』で着々と出来上がりつつあった「バンドとしての独特な音像」に一つの完成を見出した。特に、ギルモアのストラトの浮遊感と多幸感と緊張感はこのアルバムで遺憾なく発揮されている。そしてリチャード・ライトの独特なキーボード。この音は現代の機材を使っても上手く出せないらしく、今でも研究がされている。
最後に五つ目。シングル『Money』の存在だ。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見た人はどのくらいいるだろうか。見た人は、映画内で楽曲『ボヘミアン・ラプソディ』をフル尺でシングルカットして欲しいとプロデューサーに直談判するシーンを覚えているだろうか。その中で壁にかけられたこのアルバムを指差し『Pink Floydはできてなんで俺たちはダメなんだよ』と言うシーンがある。それの正体がこのことだ。ちなみに、『ボヘミアン・ラプソディ』は当時の他のアーティスト事情などについて詳しいとより楽しめるのでもう一度見てほしい。本題に戻ると、6分もあるプログレの曲をほぼノーカットでシングルにするなど、当時は有り得ない出来事だった。しかし、Pink Floydのマネージャーははそれを行い、見事大ヒットを記録した。本人たちは中間のギターソロが抜け落ちたとこに憤慨したらしいが、このシングルカットがアルバムセールスに大きく影響を与えたことはいうまでもない。
さて、前置きが長くなってしまって申し訳ない。このアルバムの全貌を紹介しよう。とはいっても、一曲一曲切り離して説明は難しい。なぜなら全ての曲が繋がってこのアルバムを構成しているからだ。細かく切って切ってこうだとか、ああだとかは少し語りにくい。ということで、まずはTr.1〜Tr.3までをまとめて紹介する。冒頭では色んな音が湧き上がるように現れ、徐々に迫ってくる。レジスターの音、心臓の鼓動のような音、不気味な笑い声など多岐に渡る。そして、最後に叫び声が入ってTr.2が始まる。Tr.2はTr.1の焦燥感から一点、Pink Floydの浮遊感満天の曲だ。抽象的で麻薬的な歌詞が展開される。ふっといきなり"Run.rubbit run."と出てくると、その脈絡のなさ故に驚く。そしてなだれ込むようにTr.3へ。ここではリチャード・ライトの独特なキーボードが聴ける。ここの音があまりにも独特すぎて、現在でも再現が難しいのだ。そして走り迫ってくるような音は前作『雲の影』のTr.7でも触れたあの音だ。残響感のある音や低く唸るような音が飛び交うところへ爆発音がけたたましく鳴り響く。ここまでがTr.1〜Tr.3である。怒涛の展開ともいえる。緊張感と浮遊感の絶妙なバランス。洗練された音と共にTr.4の名曲へと移り変わっていく。
Tr.4は『Time』。曲の冒頭では家庭用の目覚まし時計から聖堂の大時計まで大小様々な時計が鳴り響く。走る音が現れてから、厳格で重厚な音が鳴る。長いイントロを経て歌へと移行する。歌詞は極めて内向的であまり深く解釈しようとすると自己嫌悪に陥るかもしれない内容だ。自堕落なことを語っているようで、実はその本質は自分ではなく、太陽のような自分ではどうにもならない外部的な要因であって…といったメッセージだ。更に、こうしているうちにも刻一刻と寿命は縮まり、死へ着実に近づいている。そうした理不尽さに対しての行き場のない怒りが、ギルモアのボーカルに乗っている。間奏のギターソロは必聴である。特質すべきはリバーブ(残響感)とディレイの巧みな使い回しである。こうした所謂「立体的な音像」において彼を上回るギタリストを筆者は知らない。
あまりにも壮大なTr.4を超えると、Tr.5は一転してピアノ主体のメジャーコードを使った高揚感に満ちた曲。女性のスキャットが透き通り、どこか水の中にいるような感覚を与える。これもBrit Floydの公演で聴いたが、生で聴くとこのスキャットがとにかく素晴らしい。渋谷公会堂というかなり音響に優れた会場で見たので、それも相まって見事な曲に仕上がっていた。
次になにやらレジスターや小銭のぶつかるような音が始まる。これがシングルカットされたTr.6の『Money』である。まずはギターリフ。単純なんだが、癖になる。一度聞くと耳から離れないリフだ。珍しい7拍子の曲で、それも相まって印象が強い。そして、冒頭からギルモアのディレイ全開なのが最高だ。歌詞は拝金主義(金を崇拝する。つまり、お金さえあればなんでもできるという考え)を皮肉し、間接的に批判している。金があれば旨いものが食べられて、高級車を乗り回せて…という虚栄心が透けて見えるような歌詞だ。どこかフワフワしたような曲調なのは、取らぬ狸の皮算用を具現化しており、中身がすっからかんだからだろう。そして歌詞の最後は『賃上げを要求しても突っぱねられた』と、急に現実的な虚しさに引き込まれる。結局、金があれば虚栄心、金がないとハイエナのように群がるという現代社会の醜悪な側面を歌った曲だ。まぁ、だからと言ってポルポト、毛沢東、スターリンのように社会主義、共産主義がいいかと言われたら断じてそれはないわけだが。これのギターソロもかっこいい。『Time』が空間エフェクターを多用したソロならば、『Money』はかなりシンプルな音作りでのソロだ。シンプルなんだが、これが素晴らしい。このギターソロを切ったマネージャーは本当にセンスがない。タンスの角に小指ぶつけて悶絶して欲しい。
さて、Tr.7は『Money』ラストの会話がフェードアウトしながら始まる。リチャード・ライトの宇宙的な音像に誘われるようにして、Tr.7の『Us and Them』が展開される。サックスの音とピアノの音の相性が抜群によい。歌詞はひたすら2つの言葉が対比されて進む。Us(私たち)とThem(彼等)という対比、Me(私)とYou(あなた)という対比、Up(勝利)とDown(敗北)ect…。語られるのは悲惨な戦争の様子だ。『突撃!と叫んで飛び出す兵の傍らで、指揮官は椅子に座って地図を眺める』という歌詞はなんともシニカル。そうして再び対比。With(搾取する側)とwithout(搾取される側)、人間の目を背けたくなるような事実が刻銘に綴られている。奪って、奪われて、結局両者が損失する他ないのに、何故こんな不毛な争いが起こるのか。その本質はやはり端的に言えば「儲かる」からだろう。そしてここでリスナーの中で大きな対比が生まれる。戦争がなく平和なリスナーと、そうではなく日々銃弾が飛び交う人々。そこに無関係な平和ボケした人々。人間の愚かな部分を浮き彫りにしてくる。続くTr.8はインスト曲。ここではリチャード・ライトの音に隠れがちだがロジャー・ウォーターズのベースに注目したい。かなり独特なこの音の正体はFenderのプレシジョンベースだ。しかし、曇ることなくここまでクリアに出せている音作りは素晴らしい。そしてTr.9の『Brain Damage』。かなり不気味な曲に仕上がっている。アウトロの笑い声もどこか不思議な雰囲気を醸し出す。歌詞は極めて内向的で、本人とその頭の中にいる狂人を写実的に描写している。これは、一般人とその中に含まれている狂気性について触れていると考えて差し支えない。「The lunatics」と複数系にしていることから、頭の中に狂人は複数いることがわかる。ここから面白い歌詞を紹介したい。「ダムが決壊し、逃げ場がなくなり、暗い予感が頭で爆発したら、月の裏側で会おう」という詩である。そのままの意味では当然ない。ダムが決壊というのは外因的か、あるいは内因的などちらにせよストレスによる精神崩壊である。そこからの脱却方法がわからず、絶望していると狂人になる…という解釈ができる。そして歌詞の中には「もしお前のバンドが別の曲を演奏したら、月の裏側で会おう」というフレーズがある。これは間違いなくシド・バレットのことだろう。ロジャー・ウォーターズの作品を通したテーマとしては「シド・バレットの幻影」なのだ。カリスマ性と天才性を併せ持ちながら、LSDで早々に廃人となってしまった狂人シド・バレットへのメッセージが窺える。この次のアルバムではそのメッセージがより如実に現れる。この曲の解釈は複数あるので、しっかり聴き込んで色々な解釈を展開して欲しい。
そして最後はTr.10の『Eslipes』。淡々と単語を羅列する手法は、ロジャー・ウォーターズの特徴だ。太陽の元で調和が取れていながら、しかしその太陽は月という狂気によって隠れてしまう。そう、まるで日食のようである。表裏一体の正常と狂気を見せながら、Tr.1と同じ心臓の鼓動音がフェードアウトしながら終わる。心臓のフェードインと共に始まったTr.1が人生の始まりならば、フェードアウトしていくTr.10は人生の終わりだろう。
拙い言葉が多かったが上手く伝わっただろうか。総じてこのアルバムは、人間における普段見せている部分(いわゆる太陽や地球から見える月の面)と、普段見せることのない醜悪な部分(月の裏側や日食)を見事に対比している。かなり哲学的な内容なので、人によっては頭が疲れてしまうかもしれない。そういった時は歌詞の意味など考えず、音が好きというだけで聴くのもいいかもしれない。歌詞の意味がわからなくても、音像の素晴らしさだけで十分聞き応えがある。
今回は『狂気』を解説した。もしかしたら過去最長記事かもしれない。次回のアルバムも、これに負けないクラスの名盤なので期待していてほしい。それでは!
名盤度:10(それ以外ない)
おすすめ度:10
アルバムジャケット
このプリズムジャケットはあまりにも有名。