音楽談義室

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音楽談義 vol.42 毎日Pink Floydその8『狂気』

 ついにこのアルバムを紹介する日が来たか…。

 

 モンスターアルバムである。多少音楽に詳しい人には最早説明不要なアルバムであるが、一応丁寧に解説していこうと思う。このアルバムは『The Dark Side of the Moon』(邦題:狂気)である。月の裏側は地球にいる限りは見えない、つまり人間の通常では見ることのできない、一般性の裏に隠れた狂気がテーマである。このアルバムがモンスターアルバムと呼ばれる理由は幾つもあるが代表的な理由は以下の通りである。

  • プログレという難解なジャンルにも関わらずセールスが異常
  • イギリスのバンドはアメリカでは売れないという常識を根底から覆した
  • 曲ごとのコンセプト、アルバム全体としてのコンセプトが非常に優れている
  • 独特の音作りをしており、ここに憧れて音楽をやるミュージシャンが未だ多数
  • 6分近くある曲『Money』をほぼフル尺でシングルカット。しかも大ヒット

もう異例ずくめである。まずプログレとは思えない、そもそも音楽業界異例のビッグヒットについて。リリースされるや否や、イギリスのチャートは初登場2位、全米では1位、日本でも2位とこの上ない滑り出し。リリースが1973年で、ロックはとんでもない不良がやるものというイメージが強かった当時の日本でもチャート2位ということが如何に空前絶後がわかるだろう。そしてビルボードでは15年連続でチャートイン、カタログチャートでは30年連続でチャートインと輝かしい記録を残し、もちろんこれはギネス記録である。全英オフィシャルチャートでも354週連続のチャートインというアンタッチャブルレコードである。全世界での売り上げは確認されているだけでも5000万枚以上。しかも、ここにブートレグなども含めればその売り上げ枚数は天文学的数字である。マイケルジャクソンの『スリラー』に抜かされるまで、このアルバムが全米で最も売れたアルバムだった。「一家に一枚は『狂気』がある」という言葉がよくあったが、これは何も比喩でもなんでもなく、本当に当時はそうだったようだ。

 そして二つ目。アメリカでの成功である。Pink Floydの成功はイギリスの他のバンドとは全く異なる。普通、アメリカに曲を出す場合はアメリカ盤だけ曲順を変えたり、明るめな曲調にしたりとアーティストスタイルを変えることがよくある。しかし、Pink Floydはこうしたことを一切しなかった。あのDeep Purpleでさえ、アメリカでは評価が低いという事実から、如何にイギリスのアーティストがアメリカで受け入れられにくいかわかると思う。そんな中、自分たちのやりたいことをやってアメリカでの成功も手にしたアーティストはPink Floydくらいなのではないだろうか。

 次に三つ目。コンセプトが素晴らしいこと。これはここまでのPink Floydディスコグラフィー群にも共通しているが、この『狂気』ではそれがより洗礼されている。この解説については追って詳しく行うものとする。

 更に四つ目。独特なサウンドスケープである。前々作の『おせっかい』、前作の『雲の影』で着々と出来上がりつつあった「バンドとしての独特な音像」に一つの完成を見出した。特に、ギルモアのストラトの浮遊感と多幸感と緊張感はこのアルバムで遺憾なく発揮されている。そしてリチャード・ライトの独特なキーボード。この音は現代の機材を使っても上手く出せないらしく、今でも研究がされている。

 最後に五つ目。シングル『Money』の存在だ。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見た人はどのくらいいるだろうか。見た人は、映画内で楽曲『ボヘミアン・ラプソディ』をフル尺でシングルカットして欲しいとプロデューサーに直談判するシーンを覚えているだろうか。その中で壁にかけられたこのアルバムを指差し『Pink Floydはできてなんで俺たちはダメなんだよ』と言うシーンがある。それの正体がこのことだ。ちなみに、『ボヘミアン・ラプソディ』は当時の他のアーティスト事情などについて詳しいとより楽しめるのでもう一度見てほしい。本題に戻ると、6分もあるプログレの曲をほぼノーカットでシングルにするなど、当時は有り得ない出来事だった。しかし、Pink Floydのマネージャーははそれを行い、見事大ヒットを記録した。本人たちは中間のギターソロが抜け落ちたとこに憤慨したらしいが、このシングルカットがアルバムセールスに大きく影響を与えたことはいうまでもない。

 

 さて、前置きが長くなってしまって申し訳ない。このアルバムの全貌を紹介しよう。とはいっても、一曲一曲切り離して説明は難しい。なぜなら全ての曲が繋がってこのアルバムを構成しているからだ。細かく切って切ってこうだとか、ああだとかは少し語りにくい。ということで、まずはTr.1〜Tr.3までをまとめて紹介する。冒頭では色んな音が湧き上がるように現れ、徐々に迫ってくる。レジスターの音、心臓の鼓動のような音、不気味な笑い声など多岐に渡る。そして、最後に叫び声が入ってTr.2が始まる。Tr.2はTr.1の焦燥感から一点、Pink Floydの浮遊感満天の曲だ。抽象的で麻薬的な歌詞が展開される。ふっといきなり"Run.rubbit run."と出てくると、その脈絡のなさ故に驚く。そしてなだれ込むようにTr.3へ。ここではリチャード・ライトの独特なキーボードが聴ける。ここの音があまりにも独特すぎて、現在でも再現が難しいのだ。そして走り迫ってくるような音は前作『雲の影』のTr.7でも触れたあの音だ。残響感のある音や低く唸るような音が飛び交うところへ爆発音がけたたましく鳴り響く。ここまでがTr.1〜Tr.3である。怒涛の展開ともいえる。緊張感と浮遊感の絶妙なバランス。洗練された音と共にTr.4の名曲へと移り変わっていく。

 

 Tr.4は『Time』。曲の冒頭では家庭用の目覚まし時計から聖堂の大時計まで大小様々な時計が鳴り響く。走る音が現れてから、厳格で重厚な音が鳴る。長いイントロを経て歌へと移行する。歌詞は極めて内向的であまり深く解釈しようとすると自己嫌悪に陥るかもしれない内容だ。自堕落なことを語っているようで、実はその本質は自分ではなく、太陽のような自分ではどうにもならない外部的な要因であって…といったメッセージだ。更に、こうしているうちにも刻一刻と寿命は縮まり、死へ着実に近づいている。そうした理不尽さに対しての行き場のない怒りが、ギルモアのボーカルに乗っている。間奏のギターソロは必聴である。特質すべきはリバーブ(残響感)とディレイの巧みな使い回しである。こうした所謂「立体的な音像」において彼を上回るギタリストを筆者は知らない。

 

 あまりにも壮大なTr.4を超えると、Tr.5は一転してピアノ主体のメジャーコードを使った高揚感に満ちた曲。女性のスキャットが透き通り、どこか水の中にいるような感覚を与える。これもBrit Floydの公演で聴いたが、生で聴くとこのスキャットがとにかく素晴らしい。渋谷公会堂というかなり音響に優れた会場で見たので、それも相まって見事な曲に仕上がっていた。

 

 次になにやらレジスターや小銭のぶつかるような音が始まる。これがシングルカットされたTr.6の『Money』である。まずはギターリフ。単純なんだが、癖になる。一度聞くと耳から離れないリフだ。珍しい7拍子の曲で、それも相まって印象が強い。そして、冒頭からギルモアのディレイ全開なのが最高だ。歌詞は拝金主義(金を崇拝する。つまり、お金さえあればなんでもできるという考え)を皮肉し、間接的に批判している。金があれば旨いものが食べられて、高級車を乗り回せて…という虚栄心が透けて見えるような歌詞だ。どこかフワフワしたような曲調なのは、取らぬ狸の皮算用を具現化しており、中身がすっからかんだからだろう。そして歌詞の最後は『賃上げを要求しても突っぱねられた』と、急に現実的な虚しさに引き込まれる。結局、金があれば虚栄心、金がないとハイエナのように群がるという現代社会の醜悪な側面を歌った曲だ。まぁ、だからと言ってポルポト毛沢東スターリンのように社会主義共産主義がいいかと言われたら断じてそれはないわけだが。これのギターソロもかっこいい。『Time』が空間エフェクターを多用したソロならば、『Money』はかなりシンプルな音作りでのソロだ。シンプルなんだが、これが素晴らしい。このギターソロを切ったマネージャーは本当にセンスがない。タンスの角に小指ぶつけて悶絶して欲しい。

 

 さて、Tr.7は『Money』ラストの会話がフェードアウトしながら始まる。リチャード・ライトの宇宙的な音像に誘われるようにして、Tr.7の『Us and Them』が展開される。サックスの音とピアノの音の相性が抜群によい。歌詞はひたすら2つの言葉が対比されて進む。Us(私たち)とThem(彼等)という対比、Me(私)とYou(あなた)という対比、Up(勝利)とDown(敗北)ect…。語られるのは悲惨な戦争の様子だ。『突撃!と叫んで飛び出す兵の傍らで、指揮官は椅子に座って地図を眺める』という歌詞はなんともシニカル。そうして再び対比。With(搾取する側)とwithout(搾取される側)、人間の目を背けたくなるような事実が刻銘に綴られている。奪って、奪われて、結局両者が損失する他ないのに、何故こんな不毛な争いが起こるのか。その本質はやはり端的に言えば「儲かる」からだろう。そしてここでリスナーの中で大きな対比が生まれる。戦争がなく平和なリスナーと、そうではなく日々銃弾が飛び交う人々。そこに無関係な平和ボケした人々。人間の愚かな部分を浮き彫りにしてくる。続くTr.8はインスト曲。ここではリチャード・ライトの音に隠れがちだがロジャー・ウォーターズのベースに注目したい。かなり独特なこの音の正体はFenderのプレシジョンベースだ。しかし、曇ることなくここまでクリアに出せている音作りは素晴らしい。そしてTr.9の『Brain Damage』。かなり不気味な曲に仕上がっている。アウトロの笑い声もどこか不思議な雰囲気を醸し出す。歌詞は極めて内向的で、本人とその頭の中にいる狂人を写実的に描写している。これは、一般人とその中に含まれている狂気性について触れていると考えて差し支えない。「The lunatics」と複数系にしていることから、頭の中に狂人は複数いることがわかる。ここから面白い歌詞を紹介したい。「ダムが決壊し、逃げ場がなくなり、暗い予感が頭で爆発したら、月の裏側で会おう」という詩である。そのままの意味では当然ない。ダムが決壊というのは外因的か、あるいは内因的などちらにせよストレスによる精神崩壊である。そこからの脱却方法がわからず、絶望していると狂人になる…という解釈ができる。そして歌詞の中には「もしお前のバンドが別の曲を演奏したら、月の裏側で会おう」というフレーズがある。これは間違いなくシド・バレットのことだろう。ロジャー・ウォーターズの作品を通したテーマとしては「シド・バレットの幻影」なのだ。カリスマ性と天才性を併せ持ちながら、LSDで早々に廃人となってしまった狂人シド・バレットへのメッセージが窺える。この次のアルバムではそのメッセージがより如実に現れる。この曲の解釈は複数あるので、しっかり聴き込んで色々な解釈を展開して欲しい。

 

 そして最後はTr.10の『Eslipes』。淡々と単語を羅列する手法は、ロジャー・ウォーターズの特徴だ。太陽の元で調和が取れていながら、しかしその太陽は月という狂気によって隠れてしまう。そう、まるで日食のようである。表裏一体の正常と狂気を見せながら、Tr.1と同じ心臓の鼓動音がフェードアウトしながら終わる。心臓のフェードインと共に始まったTr.1が人生の始まりならば、フェードアウトしていくTr.10は人生の終わりだろう。

 

 拙い言葉が多かったが上手く伝わっただろうか。総じてこのアルバムは、人間における普段見せている部分(いわゆる太陽や地球から見える月の面)と、普段見せることのない醜悪な部分(月の裏側や日食)を見事に対比している。かなり哲学的な内容なので、人によっては頭が疲れてしまうかもしれない。そういった時は歌詞の意味など考えず、音が好きというだけで聴くのもいいかもしれない。歌詞の意味がわからなくても、音像の素晴らしさだけで十分聞き応えがある。

 

 今回は『狂気』を解説した。もしかしたら過去最長記事かもしれない。次回のアルバムも、これに負けないクラスの名盤なので期待していてほしい。それでは!

 

名盤度:10(それ以外ない)

おすすめ度:10

 

アルバムジャケット

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このプリズムジャケットはあまりにも有名。