音楽談義室

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音楽談義 vol.43 毎日Pink Floydその9『炎』

 子どもの発想とは何故あんなに柔軟なのか、ふと思うことがある。筆者も「地震は自分も一緒に小刻みに揺れれば相殺できる」と小学生の頃に豪語していたが、ああいったことがこの歳になると思いつかない。何かを知るということは同時に何かを失うということでもあるのかなぁと思ったり思わなかったり。

 

 さて、今回紹介するのは『Wish you were here』である。モンスターアルバムの狂気リリース後、メンバー達はたちまち億万長者になり、好き勝手に色々やっていた。実質解散状態にあったわけだ。そんな空中分解状態のPink Floydが自分自身の有様を綴ったのこそ、このアルバムである。つまり「書けない」ことを歌にしたということだ。BUMPにそんなテーマの曲があった気がするがさておき。ここまでの話を聞く限り「あんまりパッとしないアルバムなのかな」と思うだろう。しかし、このアルバムは『狂気』と双璧を成すほどの名盤である。ここからは詳しく解説していく。

 

 まず、『Wish you were here』というタイトルについて。直訳すると「あなたがここにいてくれたら…」であり、実際邦題も正式には『炎〜あなたがここにいてほしい』である。ちなみに後ろの言葉はPink Floydのメンバーが邦題をこうしてほしいと指定したものだ。ここで一つの疑問が沸く。あなたって誰だ?と。その答えはロジャー・ウォーターズの思想にある。ニック・メイスン、デビット・ギルモア、リチャード・ライトの3人とロジャー・ウォーターズとは明確に違うことが一つある。それは「シド・バレットをどう捉えるか」である。前者3人はシド・バレットを尊敬していつつも、自分は自分と割り切っている部分がある。対してロジャー・ウォーターズシド・バレットを神格化し陶酔していた。天才的な存在に恋い焦がれ、つけたアルバムタイトルこそ『Wish you were here』である。思えば、シド・バレットが脱退してからというもの、ロジャー・ウォーターズはずっとシド・バレットの幻影を追い求めている。ここで普段とは順番が異なるが、アルバムジャケットを見てほしい

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男性が、炎を纏った男性と握手しているジャケットだ。もちろんこれもヒプノシスが担当している。『Wish you were here』の意味がわかっているとこのジャケットの意味がよくわかるだろう。炎を纏った男性はシド・バレット、その人と握手している男性はロジャー・ウォーターズと解釈できる。炎に揺らめいて、存在しない幻影を追い求めて「あなたがここにいてほしい」と願うウォーターズ。しかも、今はバンドが空中分解状態。だからこそ、天才的であったシド・バレットに「あなたならこういう時にどうしていただろうか」と問いかける。このレコーディング中にシド・バレットがふとスタジオに訪れたそうだ。しかし、ヨボヨボになりLSDでボロボロで、そこにかつての天才はいなくて…と、葛藤にまみれた状態であることが窺える。

 

 そんなシド・バレットの幻影を追い続けるアルバムの内容に迫っていく。このアルバムは少し構成が特殊だ。Tr.1とTr.5は大きな組曲となっており、part1からpart5がTr.1、それ以降がTr.5となる。まずはTr.1の『Shine On You Crazy Diamond』から。邦題は『クレイジー・ダイヤモンド』である。なんか、「グレートっす」って聴こえてきそうだがさておき。歌詞はわかりやすすぎるシド・バレット賛美が続く。『お前は伝説、お前は殉職者だ。いつまでも輝き続ける』と詩で綴られている通り、如何にロジャー・ウォーターズが陶酔しているかわかる。後に本人はシド・バレットへの歌詞であることを否定しているが、個人的にはどう考えてもシド・バレットへ向けた歌だし、これをそう見ない方が難しい。タイトルの意味もシド・バレットへのリスペクトだ。狂ったような眩い光を放つ危険なダイヤモンド、まさにLSDで幻覚を見ながら名曲を生み出していたシド・バレットそのものだろう。曲構成としては13分とPink Floydの中では平均的な長さだ。ギルモアの1分近くある泣きのギターソロは特に秀逸で、とにかくこれは聴いて欲しい。冒頭の緊張感も素晴らしいし、是非聴いてもらいたい。

 

 Tr.2はカセットテープの音から始まる。音の構成、特にアコースティックギターのアプローチがどこか1stアルバムを彷彿とさせる。ここでもシド・バレットの幻影を追求するロジャー・ウォーターズが顕著だ。『ようこそ、マシーンへわが息子よ』と語りかけている割には曲調はとても不安定で緊張感を煽るもの。それもそのはず、この歌詞で語られていることは、『狂気』で成功を手にして焦燥感に駆られるPink Floydメンバーそのものなのだ。暗く刻まれるアコースティックギターが重苦しさをより確実なものとしている。

 

 Tr.3は少し重苦しさが取れたようにも思えるが、それでも浮遊感とは遠い重厚な何かがそこにある。歌詞の内容は「名声や富を手に入れても、結局虚しいだけ」ということだ。これは前作『狂気』の『Money』にも繋がるのではないか。薄っぺらい虚栄心や、金がなく群がるハイエナがどこまで醜悪かは前回の通りである。そして、あろうことか前作の成功によりメンバーは逆に薄っぺらくなってしまったのではないかと己に警告しているようにも思える。歌詞最後の『Riding the Gravy Train』は色々な解釈ができるが、「売れやすい軌道があるんだけどどうかい?」と恥も外聞もないような音楽プロデューサーの言葉と捉えるのがおそらく正解だろう。

 

 表題曲のTr.4は一転してシンプルな曲調である。アコースティックギターが美しく響く呑気な曲…な訳ない。仮に音の印象としてはそうだとしても、意味はまったくもって違う。前作の『Brain Damage』のような対比する作風がここでも現れる。天国と地獄、青空と痛み、笑顔と仮面(つまりは作り笑い)を区別できるだろうかと問いかけている。とてもベタな言葉を使えば「愛する人への喪失感」を歌った曲である。しかし、そんな言葉一つにまとめられるほど簡単な曲でもないと思っている。今回、この記事を書くにあたって様々な歌詞翻訳サイトを覗いて色々考察したが、どうも上手い答えが出なかった。間違いなくロジャー・ウォーターズシド・バレットに対して歌っているのだが、それだけで片付けてしまうにはあまりにも惜しい歌詞なので、「こうなんじゃないか」と思った人がいたら連絡してほしい。

 

 最後はTr.5の『クレイジー・ダイヤモンドpart2』まである。こうやって、アルバム冒頭とアルバムラストに同じ曲を分けて配置する手法は、King Crimsonの『太陽と戦慄』を彷彿とさせる。前作の『狂気』が人間としての狂気性という大きなテーマだとすれば、『炎』は内なる理解者との接触というミニマムなテーマと言える。『お前といつかそこで一緒になれる』(I'll be joining you there)と語ることは、すなわち天才という眼差しを向けられて苦悩する現メンバーとシド・バレットの対話だろう。このpart2でもギルモアのギターが炸裂しているので必聴だ。

 

 今回は敢えて歌詞についての言及を多くし、音像についての言及はしなかった。音像については次回のアルバムでより深く迫りたい。それでは。あ、『Wish you were here』の解釈、連絡待ってますよ。

 

名盤度:9(狂気には一歩及ばないが名作)

おすすめ度:9