音楽談義室

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音楽談義 vol.19 特別編 スピッツ「見っけ」から感じる新天地

 お陰様でこのブログも高校の友人、大学の友人問わず様々な人から好評みたいだ。ありがとう。何かを継続することはかなり難しいと思っていて、だからこそこのブログくらいはしっかり継続して更新して、続けていくことの大切さを学びたい。

 

 さて、今回は特別編ということで、これをレビューしていきたい。

 

スピッツ「見っけ」

 スピッツの三年振りのニューアルバム。筆者と関わりがある方なら知っている方も多いであろうが、筆者はスピッツが世界で一番好きなバンドで、最も新鮮な気持ちで聴けるグループだ。これは様々な邦楽・洋楽・ジャズ・クラシックを聴いてきた今でも変わらない。正直、スピッツがいなかったら今の自分はいなかったし、精神疾患とか最悪の場合は自殺とかしていたかもしれない。常々「音楽は手放せない」と筆者が口にする原点はここにある。それほど、スピッツの曲に幾度も励まされ、背中を押されてきた。そんなスピッツのニューアルバムを期待しないわけがない。しっかりファンクラブ限定版を買って、準備万端。ちなみに、このアルバムを引っ提げたMIKKEツアーは東京、横浜、福岡、山梨に行く予定だ。本当は大宮ソニックシティも行きたかった。熱量が違うのだ。

 

 アルバムタイトルの「見っけ」を聞いた時、皆さんはどう思っただろうか?筆者は「どこまでもこの4人はロック少年なんだなぁ」と感じた。前作の「醒めない」でロックを始めた初期衝動が今でも醒めないことを歌にしていたが、このアルバムもまさにその延長といえる。色々なロックを見てきて、未だに「見っけ!」と言えるような童心を忘れない少年の姿がそこにはある。ちなみに醒めないを除くと、ここ最近のアルバムタイトルが

とげまる→小さな生き物→見っけ

Eテレの番組名のようである。

 

 ここからは詳細なアルバムレビューに移ろうと思う。

 一曲目の「見っけ」から圧倒される。まずはちょっぴり懐かしく感じるキーボードの音。そこに寄り添う歪んだギター。最高のハーモニーだ。小節頭を外すように歌うボーカルの草野さんの遊び心も顔を出す。

 二曲目の「優しいあの子」は朝ドラの「なつぞら」の主題歌。「なつぞら」というタイトルなのに、どこか寒々しいコード進行と「氷を散らす風すら」と冬を感じさせる詞が用いられている。草野さん曰く「「なつぞら」の舞台である北海道の十勝に実際に行った際に、夏の中にも長く厳しい冬を感じざるを得なかった」とのことである。サウンドは極めてシンプルで、歯切れのいいギターに自由に動くベースが印象的だ。

 三曲目の「ありがとさん」は先行発表された曲。PVを見て目を奪われるのは田村さんの持っている変わった形のベースである。これはスタインバーガーというメーカーのベースで、ヘッドがなくボディも長方形と斬新なものだ。弾きにくそうというのが率直なところ。ちなみにチューニングは、ヘッドから後ろに弦を引っ張って裏でチューニングするそうだ。曲の話に戻ると、シューゲイザーへの造形深さを感じるイントロが耳にこびりついて離れない。「いつか常識的な形を失ったらそん時は化けてでも届けようありがとさん」という歌詞の「常識的な形」とは何か、そしてそこから「化ける」とは一体どうなることなのか。我々リスナーに謎を残しながら歌われる。10人いたら10個の解釈ができる歌詞も魅力の一つだ。

 四曲目の「ラジオデイズ」はこれまでにないほどまっすぐな王道ロック。メンバー四人がラジオからロックを知ったと公言しているスピッツならではのナンバー。間奏のラジオDJの声は、ボーカルの草野さんが東京FMで毎週日曜日21:00からやっている「ロック大陸漫遊記」からのもの…と思っていたがどうやら違うようだ。今回のレコーディングのために録ったものらしい。最後の歓声にかき消される部分は「夜に咲くひまわりさん」と言っている。ラジオネーム一つ取ってもスピッツらしさが顔を出す。ちなみにこのラジオ番組も素晴らしい。毎回洋邦問わず、様々なロック大陸へ旅ができる。歌詞の中の「同じ仲間」というフレーズは、同じラジオでロックを聴くのが大好きな、会ったことはないけれど遠いどこかにいる誰かへ向けた言葉だ。

 五曲目の「花と虫」はスピッツの独特な歌詞の世界観が楽しめる曲。スピッツの歌詞は「飛ぶ」や、それに類似したフレーズがよく使われる。代表曲の「空も飛べるはず」や、ヒビスクスの「泣きながら空飛んで」、青い車の「輪廻の果てに飛び降りよう」など、多数ある。こうした「飛ぶ」という表現は、この「花と虫」にも使われている。「飛ぶ」とはどういうことなのだろうか?筆者は「俗世との解離」を意味すると思っている。「飛ぶ」ことで、自分だけあるいは大切な人と自分だけの世界へたどり着けるという意味である。今回の「花と虫」では「飛ぶのも飽き飽きしてたんだ」と言っている。これはかなり驚いた。今までは、「現世から逃げて自分たちの理想郷へ」という歌詞が多かった。その代表格が「ロビンソン」なのだが、そうした昔の逃げていたスピッツから、「痛くても気持ちのいい世界」へと飛び込んでいくスピッツへと進化している。スピッツは昔よりも圧倒的に強くなっている。そう実感させられる曲だ。

 六曲目の「ブービー」はクリーントーンのギターと弾き語りのようにして始まる。前回の「醒めない」でいうところの「モニャモニャ」にあたる曲だが、「モニャモニャ」よりはもう少し地に足がついた感じの曲というイメージである。この曲で注目したいのは間奏のベースの下降フレーズである。田村さんにしてはかなりノーマルな歪みのベース。そして、こうしたゆったりした曲の下降フレーズは「冷たい頬」を彷彿とさせる。曲の中心でかなり激しく自己主張しながら、でも曲は邪魔しない田村さんの真骨頂がわかる曲だ。

 七曲目は疾走感が気持ちいい「快速」。間奏のコーラスは美しいし、田村さんのベースはがっつり歪んでいて聞き応えがある。そんな中でも、この曲で一番注目したいのはドラムの崎山さんのタムの使い方である。サビ後の「記憶に残らない~」から始まる部分のタムの回し方がとても上手。タム回し+スネアは「醒めない」のAメロでも聴くことができるが、この手のフレーズに関しては日本で崎山さんに敵うドラマーはいないと断言できる。叩き方もモーラー奏法を熟知しており、確かな重みを感じることのできるドラムである。スピッツパンク系統の曲は崎山さんなしでは演奏できない。

 八曲目は「YM71D」、これで「やめないで」と読む。ここではギターの三輪さんのカッティングを語りたい。三輪さんのギタープレイでよく語られるのは「ロビンソン」や「スカーレット」や「猫になりたい」に代表されるアルペジオだが、隠れたカッティングの名手であることも忘れてはならない。この曲や「まもるさん」や「8823」でのカッティングは歯切れのよさと正確なリズムキープが見られる。特に「8823」は歪みながらも歯切れのよい音を作っている。実は三輪さんが使っているレスポールでそうした音を作るのは中々難しい。今回の「YM71D」でもサビのソロの音といい、カッティングの埋もれないけどデジタル感のない暖かみのある音色は簡単には作れない。実は、見た目や喋り方に反して、四人のメンバーの中で一番繊細だし、音作りに人一倍力を注いでいるのが三輪さんなのだ。

 九曲目の「はぐれ狼」は今回のアルバムでトップクラスで好きな曲。イントロのスライドベース、リフの掻き鳴らすギター、ソロでクランチに歪ませて弾き倒すギター、ボーカルの草野さんの徐々に喉を開いていき自然と裏声と地声を混ぜていくミックスボイス、ラスサビの部分の加速したり、フロアタムをリフで綺麗に回すドラム。どれをとっても一級品だ。ライブで早く聴きたい。これだけ完成された曲がどのように演じられるか、今から楽しみで仕方がない。今後のライブの中核を担ってもまったくおかしくない曲だ。

 十曲目の「まがった僕のしっぽ」はかなり攻めた曲。ここまで挑戦的な曲はキャリアのうちにあっただろうか。30年以上やりながら、既存の枠に収まらないスタイルに尊敬する。イントロから使われるフルートは、ボーカルの草野さんが敬愛するジェスロ・タルの影響を強く感じる。本人は「三拍子でロックって難しいですよね。俺は無理だなぁ」と言っていたが、この曲ではその三拍子を自然と取り入れている。そして、何より特筆すべきは曲の後半部分だ。普通のバラードだと思っていたら、急にBPMが上がりパンク調の曲に変化する。ザラザラ歪んだギターにクラップ音と、おもちゃ箱をひっくり返したような曲。そして、また急に元の曲調に戻る。目まぐるしい曲調だが、その中でもスピッツらしさを失わない、確かな名曲といえよう。

 十一曲目の「初夏の日」は弾き語りから始まる曲。徐々に音が増えていき、サビでバンドサウンドになる。「君がいるってことで自分の位置もわかる」というのはスピッツと自分と置き換えたくなる。スピッツは自分にとって北極星のような存在だ。見上げれば常に同じ場所にあって、自分の行くべき道を照らしてくれる。でも北極星も少しずつ動いていて、毎回違う顔を見せてくれる。そんな変わらないスピッツにまた会えたことに自然と感謝したくなる、そんな一曲だ。

 最後の「ヤマブキ」はファンクラブ限定ツアーで先行発表された曲。ちなみに筆者の行った日は「ヤマブキ」ではなく、優しいあの子のカップリング曲の「悪役」だった。このアルバムの中で一曲選ぶのならば、この「ヤマブキ」を選ぶだろう。本当に素晴らしい曲だ。こんな綺麗なアルバムの終わり方は近年稀に見る。三年前の「醒めない」の「こんにちは」も確かによかったし、その前の「小さな生き物」の「僕はきっと旅に出る」や「とげまる」の「君は太陽」も素晴らしかったが、「ヤマブキ」は郡を抜いている。「三日月ロック」の「けもの道」以来の名曲だと思っている。瑞々しいサウンドに乗せたアップテンポナンバーで、歌詞も強気な応援ソングになっている。でも決して「頑張れ」とは言わない、スピッツの優しさも伺える。先日放送されたSONGSで最後にこの曲を披露した時は驚いたし、とても嬉しかった。「陳腐とけなされても突き破っていけ」という歌詞は、ブルーハーツの二番煎じと言われ独自の路線を開拓していったが、その後7年近く日の目を浴びることのなかったスピッツだからこそ書ける歌詞だといえる。音もメンバーがかねてより聴いているチープ・トリックをリスペクトしたような、完成されたバンドサウンドだ。最後の草野さんの「崖の上まで」と歌うところの透き通った声まで、全てにおいて文句なしの名曲だ。冗談抜きでここ十年のスピッツの曲で一番好きかもしれない。

 ボーナストラックの「ブランケット」も確かな名曲だ。ただ、「ヤマブキ」が完成され過ぎて、また「ヤマブキ」がアルバムラストとして綺麗に完結しているので、蛇足感が否めない。そこがとても残念。普通のアルバム曲として入れて欲しかった。

 

 本当は何曲かピックアップして解説する予定だったが、予想以上に熱が入ってしまい全曲レビューしてしまった。今後のツアーが楽しみだ。ここまで席運が悪いので、今回こそはいい席で楽しみたい。